抜け殻

自分からこの世のすべてが抜けだしていくように思える。

そもそも自分という人間に何かが宿っていた時などあったのだろうか。運もなけりゃ才もない。何か特別なものを所有しているという感覚になったことがただの一度もない。

脱皮したから抜け殻になったのではない。最初から全くの殻であり、紛れもない空だったのだ。中身が存在しない。

あとは魂だけが抜け去っていくのを待つだけだろう。

そして何かがあったような気配だけが残り、それに気が付く人間もいないのだ。

人に忘れられた時に、人は本当に死ぬのだという。世の中には、生きながらにして死と同義の存在もいるのだ。

あなた方は精々、人々にいつまでも憶えられている人になるがいい。

それでもまだ物語は続く

検査の結果、最悪のケースだけは避けられた。

少なくとも余命何年とかそういうのはない。

とはいえ、肉体と精神の状態も、置かれている環境の状況も、何一つ好転はしていないんですけどね。現状維持、小康状態、晴朗なれども波高し。とりあえず生きてます、以上って感じ。

生きるべきか死ぬべきか。答えの出ない問答がいつも、疫病神のように纏わり付いていた。死ぬなら死ぬでもう仕方ないと思ってたけど、どうやらまだ生きねばならんようです。自分で死ぬのは楽じゃないからね。

死にきらないくらいに丈夫、何かちょっと恥ずかしい。そんな歌詞もありましたね。ほんとそのまんま過ぎて笑う。なんじゃこりゃ。

どうすんだほんと、この先。

明日、明後日、その先もずっとどうすんだほんと。

本を閉じれば物語は終わるが、目を閉じても人生は終わらない。

栞を挟んでも、お話は止まってなどくれない。

明日は明日の風が吹いて、次のページに物語は進み続ける。

あと、もう少し

あともう少し生きれば、きっと何かが変わるんじゃないかと思って必死にしがみついてはきたけど、状況は日々刻々と悪化の一途を辿るばかり。

何がどう、あともう少し何だ?

俺が生きねばならん理由は何だ?

俺が産まれてきたことの理由は何だ?

俺の使命とはいったい何だ?

何のために、こんな苦しいことばかりがあるのだ。

精神を中庸に保つことさえままならん。足らん足らん、喰い足らん。悔いても悔いても、悔い足らん。好いても好いても、きみ好いとらん。つねならん。くだらん。くだをまき、ただ目ばかりが爛々。段々だんだん、どうでもよくなる。淡々たんたん、どうでもよくなる。良くなる好くなる兆しなし、善くなる佳くなる萌しなし。闇閉ざし、光なし。日差しなし、晴れ間なし。碌でなし、人でなし。運なし才なし金なし、無くなる亡くなる失くなる、どうでもよくなる。それでも生きねばならんと、人は言うが。苦労知らずの人は言うが。そこまで言うか。それなら言うか。俺も言うか。何とでも言うなら、何とでも言ってやる。何度でも言ってやる。

この苦しみ、お前には解るまい。

今日死んだ子供の代わりに、俺の命を代わりに持っていけ。俺はいつ死んでもいい。

よろしく令和

ミレニアム、20世紀から21世紀への世紀跨ぎと、かなりレアで特別な時を体験してきたけど、今回は元号跨ぎというこれまた格別な日を迎えることが出来た。それは素直に嬉しい。

いつまで生きられるか解らないけど、とりあえずよろしゅう頼んます。

さらば平成

平成という歳月は、ただ永遠に続くかのように思われるほど、長く苦しい日々であった。

今、生きていることが奇跡。まるでお伽話。嘘のような本当の話。

まだ人生が続いていくなんて悪い冗談だろう。

悪い夢なら覚めてくれ。

今日で全て終わりにしてくれと願っても、明日は来るんだろうな。

俺の願いは何一つ叶わないから。

俺の願いだけが星にまで届かない。

無題

今まで受けてきた苦しみと、今まさに感じている苦しみは、俺と神だけが解っていればいい。

エバーグリーン

スプラのギア欲しさにコロコロを20年ぶりに買ってマンガも読んだけど、結局ドラえもんが今でも一番面白い。他の奴は勢いだけのギャグで押し切ろうとするのばかりで、一発屋のお笑い芸人に通じるものがある。子供向けだろうと大人が読んでも面白いのが本物。それが10年後でも20年後でも通用するのが本物。

思い出補正って言葉があるけど、時を経てもなお心を揺さぶられるものが本物なんだ。

いつまでも色褪せないエバーグリーンな作品に出会えるってのは幸せなことだね。