哀だとか鯉だとか

愛というフレーズを私はよく使うけど、これは別に恋愛に限った話ではなくて、というより、恋愛とは程遠いニュアンスで使用している。

大きな許しであり、認める寛容さであり、受け入れる心のような意味合い。

恋ほど自分のエゴが大暴走するものもないので、愛とは似て非なるものだな。

深い哀しみの中にあってさえ、泥水の滝を登って行くような恋なら。

それは愛かもしれない。