僕の名は。

本名ってのは、他人と被ってるぐらいの方がいいと思うんだ。

個人を特定されやすくなるってのはリスクでしかない。

苗字と名を見て、一人しか浮かばないような人名はよくない。

ちなみに私の下の名はだいぶレアで、たぶん誰とも被ってないけど、それはもう仕方ない。自分で名付けた訳じゃないし。

そんでまぁ、今はネット社会な訳ですね。ネットの中で生きる上でまず必要なことは何か。そう、ハンドルネームを考えることである。

最初は、海ねこと名乗っていた。スピッツの曲名である。曲自体は死ぬほどマイナーだが、海ねこというハンネはメジャーである。みんな猫が好きだからな。ちなみに海猫という猫は存在しない。ウミネコとはカモメの名である。

そのあと色々と名を変えたと思うが、だいたい忘れた。そんで今、シズクになった。正式名称はシズクノモリである。シズクというハンネもありふれたものなので、念のためシズクノモリと長くしてみた。これは昔やってたアニメのパクリで何の捻りもない。雫の森と言えば聞こえはいいが、水のないところに森は出来ない。何を当たり前のことを言っているのかという話である。

私が何を言いたいのかというのは、ハンネは唯一無二を目指すべきなのだということである。

私がネットで活動しているのはブログとツイッターだけだが、これは相互通行を想定しておらず、ただひたすら自分が書きたいことを書きたいように書く場である。これらは不可侵領域であり、私だけのサンクチュアリである。だから名などどうでもよい。

最近ハマっているのは専ら動画鑑賞だ。暇さえあればオープンレックでスプラトゥーンの配信を見ている。某プロゲーマーの生放送をアホのように見続けている。そうやってある種の熱心なファンになった時どういうことが起きるか。それは、私という個人をちゃんと識別して欲しいということである。有象無象の中の匿名的な誰かではなく、私を私として認識して欲しいのだ。そこで名前というものが重要になる。他人と被るなどもってのほか。キャッチーで解りやすく、それでいて個性的でなければいけない。

けれども私はシズクという名でスタートしてしまったし、なまじある程度認識されてしまうと急に変えづらい。放送主以外にも熱心な固定リスナーはたくさんいるし、その人たちにも覚えて欲しいから名前はコロコロ変えられない。私は今になって失敗したと思った。安易にいつも通りのシズクではなく、もっとオリジナリティのあるものにしておけば良かったのだと今さら思っている。仕方ない、後悔先に立たずだ。

私はユーチューブにも特定の好きな配信者がいてよく書き込みをするのだが、そっちもシズクで始めてしまった。これも悔やんでいるが致し方ない。

もう色々と遅いから私はシズクでいくし、もし違うシズクさんが登場したらシズクノモリに変える程度で済まそうと思う。ないとは思うが別のシズクノモリさんが出てきたら、これはもう全く別の名にするしかないだろう。

実はもうすでに新しい名を考えていて、どうもこのネームを使っているのは日本で誰一人いないようなので安心している。今のところはだが。

けれども現段階でその名を使うタイミングがないので、当分はシズクのままネット生活を送ることになる。長く使えば愛着が湧くものだし、別に嫌いな訳でもない。

また何もかもに嫌気が差してネットの全データをリセットするようなことがあったら、その新しい僕の名を使うだろう。