荒波の諦観

自分がこのまま一生救われないのだと今の時点で十分すぎるほどに解っているというのは、ある意味では不幸中の幸いかもしれない。何しろほんのわずかな期待さえ、未来に対して抱いていないのだから。これ以上に下がることはあっても、これ以上に上がることはない。そのことを十二分に理解しているというのは、諦観の念を早める。早々に人生に見切りをつけることが出来る。所詮、自分はここまでの人間であるという事実を突き付けられれば、否応なく剣を置くのみ。何とも戦わず、何にも抗わない。どんな荒波の中でさえ、それが己の逃げ場のない人生なのだ。