洞窟スタイル

村上春樹のインタビュー本、『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読了。

最初に書店で見かけた時は、「まぁ、そのうち文庫になったら買うか・・・」と思ってスルーしてたんだけど、エッセイや旅行記と違って、テーマが最新作の『騎士団長殺し』だったから、読むならタイムリーな今しかない!と後日に気が変わって急遽買うことになった。

ちなみにこの本は『騎士団長殺し』本編と同じくらい値が張るのだが、結論から言うと予想を遥かに上回る面白さであり、上下巻の大長編を読了し、未だその興奮が覚めやらぬ人にはぜひ読んで欲しい。

私は村上春樹の熱心な読者になってかれこれ13年ほど経つのだが、ようやく最近になって作者である村上春樹自身にも興味が湧いてきた。というのも、本来は作者と作品というのは別個に捉え評価するというのが健全だと思っているので、作り手に対してそんなに興味はない。どんなにカスみたいな人間性であっても、作品が美しければその作品は美しいのであって、作者は関係ない。作品は子であって、作者は親である。その子供を愛すことが出来るからといって、親も同じだけの熱量で愛せる訳ではないだろう。自分の彼女・彼氏の親を同じように愛せというのはそもそも無理がある。深く知るうちに尊敬の念を抱くというのは勿論ある訳だが。

小説に関しては95%ほど読み終わり、そろそろエッセイにも取りかかるかと思い手始めに読んだのが『職業としての小説家』であり、村上春樹という小説家がどれだけストイックに、どこまでも真摯に文章と向き合っているという事実をこれでもかと思い知ったことで、作品だけでなく村上春樹という作家そのものに興味が出始め、最近は『村上ラヂオ』というエッセイのシリーズなども読むようになり、今回のインタビュー本にもどっぷりとハマることになった。

長編書き下ろしというスタイルを取らない限り、作家は常に締め切りに追われる訳で、そうなっていくと作品の質は少なからず落ちてしまう。妥協を挟まずまとまった量の文章を短期間で書くというのは、殆ど不可能に近いからだ。その点、村上春樹は依頼を受けて書くのではなく、あくまで自発的に自分のペースで物語りを書き進めていくので、時間というものは自身を追い詰めるものではなく、常に時間は味方であり、物語を深く熟成させていく重要なエッセンスになっている。これは大御所だから許されるスタイルともいえるが、村上春樹にしたって初めから好きに書いている訳ではなく、『ノルウェイの森』という小細工抜きの正統派の小説で大成功している実績があるから、後々自由な作風や執筆スタイルが許されているともいえる。

これだけ文章に対して誠実に向き合っている人だから、少なくとも小説に対しては信用も信頼も出来るし、昔から海外小説も原文で読み込んでいる熱心な文学ファンであることも解る。そういう人が翻訳している作品なら読んでいきたいと思う。村上春樹は翻訳本もたくさん手がけているし、村上春樹関連の本は多すぎて目が回る。どれだけ仕事をしてるんだこの人はと、感心を通り越して思わず笑ってしまう。

文学賞の選考委員には決してならず、あくまで自分の作品・文章・翻訳に時間を割き拘るスタイルにも好感が持てる。そういうストイックなところには素直に尊敬の念を抱ける。どんなに才能があっても磨き続け、たゆまぬ努力を重ねなければ才能は開花しないし、すぐに枯れてしまう。野球のイチローも同じだけど、天才でもあり誰よりも努力する人。十数年単位で継続して取り組み続けることが出来るというのは、本当に凄いことです。

村上春樹は前世があれば、古代に洞窟で語り部をやっていたと思うと言っていたが、私の前世もその洞窟で物語に耳を傾けていた一人なのかも知れない。