人はいつまでも育つ子

そういえば俺には。

「人はいつまでも育つ子」というフレーズがあった。

ブログ内検索をすると、2016年4月8日の時点で思いついているようだ。

俺の大好きな「おもしろく」方面とはだいぶ違う言葉だが、好きな言葉だ。

もちろん俺が自分で考えた。

俺より先に考えていた人がいたら、すみません。

そんなに難しいフレーズではないので、誰でも考えつく可能性はある。

ツイッターのプロフィールは、朝笑って、昼笑って、夜笑ったにしている。

俺の理想の日々を言語化したものである。

しかしこれは座右の銘ではないだろう。

やはり俺の座右の銘は、人はいつまでも育つ子か。

人はいつまでも成長するというフレーズはありふれたもの。

34歳の俺に対して「人はいつまでも育つ子」だからというと奇妙な感じがするだろう。

このフレーズの前提は、人は一生大人になることはないという考え方がベースになっている。

人は何歳になっても子供。

だから何歳になっても成長できる。

だから何歳になっても純粋に知識を得ることができる。

初めて「なんで?」を知った子供のように。

俺は実際、親にメチャクチャ質問をする。

親はなんでも訊くなというけど。

知っていることだけを答える。

知らないことは知らないと言えばいい。

ただそれだけのことではないか。

知識を得るということは成長するということだ。

何かを知りたい。

何かが知りたい。

俺の心がまだ成長したいといっている。

身長はいつか知らない間に勝手なタイミングで止まる。

けれど、心の成長を止めることはできない。

目には見えないけれど、心は育っていく。

いつまでも育っていく。

終わらない成長期の子供のように。

人はいつまでも育つ子なのだから。