世界中の音楽が鳴り止んだ時、きっと私は死ぬのでしょう

何だかこう、もやっとする。

快・不快も、曖昧。

喜怒哀楽のどれでも無いような、どれでも在るような。

こんな時、楽器を自由自在に弾きこなせたらなぁって思う。

言葉は言葉で、私にとって大きな比重を占めるものだが。

説明できないものを、説明できないままに、表現したいとも考える。

音そのものには、何らの伝達意思が無い。

聴いた人が、楽しいとか、悲しいとか、自由に感じ取るだけの話で。

“何となく今私は、こういう感じ”っていうのを、音を使って表現できればなぁ。

曲を作るどうこうっていうより、今こうやって文章を書くことで私は、脳内整理とアウトプットを同時に行っている訳だけど、これと同じことを音楽でやってみたい。

ここはブログっていう形式で他人に見せているけど、音楽は私が弾いて私が納得できれば、それでいい。

共感は、一切求めない。

今こういう感じってのを、私が自己確認したいだけだから。

・・・。

という訳で取り敢えず、アコースティックギターを押し入れから引っぱり出した。

久々にケースを開いて、ご対面。

一弦は切れてるし、錆びだらけ。

埃まみれで、傷だらけ。

酷いねぇ、本当に。

ごめんね。

整体師で食ってくなら、私の両手は商売道具になる!と思って、このまま封印しておく積もりだったんだけど。

まだ、決めた訳じゃないし。

ろくに使いもせず仕舞い込んどくのも、可哀想でな。

ザキ師匠に教わろう、弦を張り替えるところから。

好きな音楽がいい感じで流れているだけで、私は幸せなんだ。

自分でそれが出来れば、もう言うことなし。