七つの意思が、七つの海を越えていく

私が死なずに生きている理由は、下記のものとなります。

「楽しいこと面白いことに最上の価値を置く」

これは人生を生きていく上で、最も重視すべき要素の一つと言えるでしょう。わざわざ悲しい映画を見てわんわん泣くような人は、人生に余裕がある恵まれた人間だと言わざるを得ない。不幸を不幸で煮詰めたような人生を生きている私は、楽しいことや面白いことを探求し続けることでしか生き長らえることが出来ないのです。“おもしろき こともなき世を おもしろく”それこそが人生の意味なのではないでしょうか?

「よく笑う」

私はユーモアにはうるさいですが、本当によく笑うのです。有り得ないくらい、ゲラなのです。一人の時でも、何か面白いことがあれば、文字通り腹を抱えてゲラゲラ笑っています。思い出し笑いも多いです。私をよく知らない人が見れば、完全に頭のおかしい人でしょう。でもね、こんな世の中ですから、頭がおかしいぐらいでちょうどいいのですよ。

「人を笑わせることが好き」

これは楽しいこと面白いことに最上の価値を置く、よく笑うにも通じるのですが、自分が笑うことが好きなので、相手にも笑って欲しいと思う。なので、とにかく隙あらば笑いを取りにいきます。笑う門には福来たる。ちょっと私のところには遅れているようですが、まだ死なずにいるので、それで良しとしましょう。

「人の話を聞くのが好き」

これはもう、病的に人の話を聞くのが好きですね。世の中の八割以上は自分語りが大好きな人たちですので、話を聞くのが好きな私にとっては、願ったり叶ったりです。そういう仕事を起業しようかと思うくらいですが、なにぶん病気ですので、来来来世ぐらいに頑張りたいと思います。

「人間にしか興味がない」

ごくごく控えめに言ってゴミクズ以下の反吐みたいな人生ですので、極度の人間嫌いでもあるのですが、この愚かで愛くるしい生き物が、私はやはり好きなのです。なので、人と接することは苦痛であるが、同時に快楽でもある。私にとっては、諸刃の剣のようなものです。

「自分が好き」

これは別に、ナルシストという訳ではないのです。顔が福山雅治で、身長が182センチで、フィジカルが室伏広治で、メンタルがヘレンケラーで、声が神谷浩史で、頭脳がビルゲイツ並みだったら、有史以来のナルシストだったかも知れないけれど、現実は月とすっぽんですので。私が好きな部分は、自分の感性であったり、考え方であったり、そういう内面的なことに関する事柄だけです。

「食わず嫌いをしない」

よく聞いて下さい。これは本当に大事なことです。食わず嫌いをする人は、可哀想になるくらい人生を損しています。人間ね、自分に合わないものは反射的に吐き出してしまうのですよ。食べ物に限らず、自分と反りが合わないものは、本能的に受け付けないのです。だから安心して、何でもチャレンジしましょう。やれば一瞬で解る、やらなければ未来永劫に解らない。その一歩が人生を大きく変える出来事になる場合だってあるのですよ。やってみてこんな馬鹿な話があるか!!となったとしても、それはそれで話題の引き出しになるでしょう。全てのことに、何らかの意味を見いだすことは可能なのです。

もっと細かい理由はあると思うのだけれど、大きく分類するとこんな感じになるのでしょうか。全く何一つ許せない人生だというのに、改めて考えてみると、人間が人間の社会で生きていく上においての欠かせない資質が、こんな私に備わっているように思えるのだから、不思議なものです。私はもしかしたら、全く不幸ではないのかも知れません。後天的な不幸を別にするならば。

要約すると、絶えず楽しいことを求め面白おかしく日々を過ごし、よく笑い相手も笑わせ、人と関わることを躊躇わず、相手の話はよく聞き、自己肯定感を失わず、何でも試してみる・・・そういう人間になれるなら、あなたもきっと自ら死を選ぶ必要はないはずです。