知らない扉はノックしてみる

コミュニケーション理論の話。

言葉を相手が言った通りに使うというやり方がある。

「3、4人くらいが~」と相手が言ったら、言うのが面倒だから5人くらいと言いたいと思っても、「3、4人くらい」と自分も使う。

心理学でも同じ動作をすると好感度が上がるらしい。

相手がコップで水を飲む。

自分も同じようにコップで水を飲む。

これと理屈は同じ。

人間はとにかく共感・同調をしてほしい生き物。

相手がなぜかミスチルを略さず「ミスターチルドレン」と言ったら自分もそう言う。

ミスチルのことを一切知らないのか、好きすぎて略さないのかは解らないけど。

あとは相手が前に使った言葉を自分も使う。

オウム返しみたいにすぐ言うんじゃなくて、ある程度経ってからタイミングがあれば言う。

相手が「ブレワイでゲームに革命が起きた」と言ったら、タイミングを見計らって「そうですよね、ブレワイでゲームに革命が起きたってそういうことですもんね」と言う。

共感と同調。

自分を相手の味方であると思ってもらう。

これはべつに相手のイエスマンになれと言っている訳ではない。

嫌な気持ちにさせない、いい気分になってもらう。

こいつにまた会いたいと思ってもらえる人間になる。

やっぱり自分が人に何をしてくれたら嬉しいか、嫌な気分になるか、それを考える。

同じ人間ですから、好きなことも嫌いなこともそんなに変わらない訳です。

「あんたの話全然解らない」って言われて嬉しいですか。

「ここの部分ちょっと解らなかったので、詳しく教えてもらえませんか」って言われた方が嬉しいでしょう。

解った振りをするより質問上手になった方がいい。

人間は教えるのが大好きですから。

オッサンは何かっていうと説教をしてくるでしょう。

教えるのが大好きだからです。

質問上手になれば好かれる。

それで聞き上手になれれば言うことない。

会話なんて何も難しくない。

ノセてあげればあとは勝手に喋ってくれる。

コミュ障が相手でも同じ。

一つでも相手の好きなものを発見したらこっちのもの。

「以前から興味があったんですけど、全然知らないんです、ぜひ詳しく教えて下さい」

教え子になる。

バカな振りをするというか、本当にバカになればいいんですよ。

これってどういうことだろうか、疑問が浮かぶ。

疑問を素直に口にする。

子供と同じですよ。

なんで?という言葉を覚えたら、子供はなんでもかんでも、なんで?と言う。

おんなじ。

「それはなぜですか?」と質問をする。

どんなに簡単なことでもいいじゃないですか。

知らない扉はノックしてみる。

そこを開けば全く知らなかった世界が広がっている。

コミュニケーションの醍醐味って、そういうところでしょう。