仮面の告白

俵万智の話。

プーさんの鼻。

匿名は仮面にあらず名を伏せて人は本音を語りはじめる。

これは本当にそうだね。

ネットの書き込みのことでしょ、これ。

名を伏せて人は本音を語りはじめる。

ぜんぶが本音ではないけどね。

むしろどうでもいいことを長々と書けることがうれしい。

カムカムの話なんて俺以外どうでもいいことでしょう。

俺と一緒にカムカムを見ている人はともかく。

俺は作品について誰かと話をしたくないので、ブログで本音が書ける。

俺はこう思う。

こう思うぞってことが自由に書ける。

俵万智の短歌を自由に解釈して書けるのがうれしい。

今日のダーリンの感想を自由に書けることがたのしい。

誰にも話せないことばかり。

こんなことフェイスブックじゃ話せないよ。

誰も友だち登録していないけど。

俺のフルネームは日本に一人しかいないから(たぶん)

実際、フェイスブックから俺のブログにアクセスがあったことがある。

フェイスブックツイッターは俺のブログに飛べるようにしてあるから。

このブログを書いている人間が「俺」であると認識した上で読みに来たのだろう。

わざわざフェイスブックから来てくれた方には俺の本音を読んで頂きます。

俺のブログは凄く波があると思う。

自分でも読んでいてたのしい時とそうでない時がある。

人によってはそれが逆なのかも知れない。

それは解らない。

読者の好きな記事に寄せないのがこのブログのルールなので、そこは好きにやらせてもらう。

でもやっぱり本音は書いていない。

本音は毎日、眠いだるいかったるい死にたいだから。

あるいは、痛い痛い痛い。

もしくは、苦しい苦しい苦しい。

それってつまらない。

俺のブログの一番の読者である俺がつまらない。

詩も俺が書いていて、そして読んでいてたのしいから書いている。

原稿用紙のタイトルにはいつも、自由とだけ書いてある。

何枚書いてもいい。

一行でもいい。

一言でもいい。

なんでもあり。

どこの誰かも解らない人に向かって語り続ける。

急に始まって、急に終わるお話を。

昨日も、今日も、明日も語るのです。

あなたがメッセージボトルをひろってくれたから。

それが、うれしくて。

あなたのためだけに書くようになったのです。